「王家の者として生きる」
"読者は人生が変えられる経験を
する事間違い無しです。"
ジャック・ティラー
Heaven Invades Earth

「天が地に侵入するとき」
は、今日の教会の全ての牧師、
リーダーの必読書です。
ランディ・クラーク
Heaven Invades Earth
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Chumon Sho

2009年プレイヤー・ダイアリー
ただ今、発売中
¥1350
2008 JPD
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Chumon Sho
ONFIRE JAPAN - News

2009年11月20日金曜日

クリスマス・スペシャル CHRISTMAS SPECIAL


クリスマス特別価格にてお届けいたします。3冊の本、3000円(送料込み)
・「天が地に侵入するとき」、
・「王家の者として生きる」、
・「2010年プレイヤー・ダイアリー」

[注文書]
をご利用ください。





CHRISTMAS SPECIAL: 3 books for 3000 yen (incl. freight)
• Heaven Invades Earth,
• Supernatural Ways of Royalty,
• 2010 Prayer Diary
(all in Japanese)

Order using the online ORDER FORM

2009年10月23日金曜日

2010年プレイヤー・ダイアリー ただいま発売中

2010年プレイヤー・ダイアリーがの出版も14年目となりました。このダイアリーを用いた人々の、熱心な祈りを通して、神様が大きく世界中で働いて下さった事と信じます。皆様のご協力も本当に感謝しております。

今年も、上質の製本と糸閉じにより、一年中安心して使って頂ける日記帳になりました。今年から、新しくフルーカラージャケットが付きます。

ご購入の際は、この[注文書]を使って下さい。

祈りの日記帳
208ページ、糸とじ、茶色イミテーションレザー表紙
フルカラージャケット(今年から!)
定価¥1350(税込み)

・週毎の各国のプロフィール
・年間を通して、聖書を読むプラン
・全世界図、世界各地域の地図、
 世界各国の情報
・ミニ文庫
・週毎の聖句
・毎日の未伝道の部族のための祈りのトピック
・月間プランナー、2010年、2011 年プランナー
・祈りのノート、住所緑など

2009年9月8日火曜日

超自然的な賜物

クリスチャンの歩みは、不可能なものの集結です。クリスチャンとして私達が行う事で、聖霊の助け無しに私達が行った所で、何か特別の価値や意味のあるものはありません。聖霊の助け無しにやろうと思えば、おそらく多くの事が可能でしょう。しかし、神無しには成し遂げる事の不可能な課題を目の前にして、私達の心は神を恐れるのです。

だからこそ神は言っておられます。

「小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。ルカ12:32」

何をそんなに恐れることがあるのでしょう。不可能な御国をです。この真理をはっきりと理解する時、神が下さる賜物を手にしながら、あなたは震えが止まらないはずです。ようこそ、あなたは不可能なものを可能に変えて行く御国の世界へと、迎え入れられたのです!

私達それぞれに下さった奉仕の賜物は、素晴らしいものばかりですが、それらが素晴らしいのは、神の息そのものが、そこに吹き込まれているからです。それが無ければ、どれほど周囲の人々から賞賛を得ようと、互いに拍手をし合おうと、永遠に影響を与えて行くものは、神が吹き送られる聖霊の息を帆で受け止める舟のように用いられる賜物だけなのです。

風と共にあって初めて、そこに目的があるのです。風がなければ、帆には目的はありません。私達が自分自身を、また自分に与えられた賜物を超自然的な息と共に捧げる時、真の目的の為に、それらは用いられて行くのです。

2009年6月5日金曜日

リバイバルが来ます! Pt. 2:標準的なクリスチャン生活

(「リバイバルが来ます... 準備を整える時です!」の続きです。)

全てのクリスチャンの内には「不可能な事」に対する飢え渇きがあるのが当然です。なぜなら、私達の内には不可能とされるものがイエスの御名の前に「可能になる」、このような奇跡を要求する霊的DNAが組み込まれているからです。

奇蹟が起こらないのは神の御心ではないのです。それは私達の「思い」に問題があり、私達は変革 - 思いの一新 - される必要があるのです。そしてこの変革は、必死に追い求める人に働いてくださる、聖霊の働きによってのみ可能となるものなのです。

もし私達が、イエスは病人を癒すことも、悪霊に悩まされている人を解放することも、そして死人を生き返らせることもできなかった、と信じるとすれば、それはイエスがご自分について語られていることを無視することであり、何よりもそれ以上に、イエスが人として生きるために自らを制限の下に置いてくださったその目的を見失うことになります。

イエスはご自身について、「子は何もすることはできない。」と語られました。(ヨハネ五・一九)

イエスは百パーセント神であられたにもかかわらず、私達人間が向き合うのと同じ限界の中で生きることを選ばれたのです。つまり、イエスは人としては超自然的な能力は有していなかったと言えます。イエスはそのことを何度も話されました。イエスはその点で、「不可能に立ち向かう」という働きにおいて、私達の模範となられたのです。イエスは「神」としてではなく、「神と正しい関係にある人」として、奇蹟としるしと不思議を行なわれたのです。もしイエスが神として奇蹟を行なわれたのなら、その働きは私達には到底不可能ですが、イエスが人として奇蹟を行なわれたのであれば、私達には彼の生き方を追求していく責任があります。この簡単な真理を再認識した時に、私達の全てが変革され、教会の中におけるイエスのミニストリーを完全に回復することが可能となるのです。

イエスの人間としての特徴は何でしょうか。
  1. イエスは、彼を父から引き離す、いかなる罪も犯されませんでした。
  2. イエスは、ご自分を通して働かれる聖霊の力に完全に拠り頼んでいました。

私達の人間としての特徴は何でしょうか。
  1. 私達は、イエスの血潮によって聖められた罪人です。イエスはご自身を犠牲にすることによって、彼を信じる全ての者のために、罪の力と影響力に完全に打ち勝ちました。今私達を父から引き離すものは何もありません。
  2. 私達は、聖霊に拠り頼んで生きることを、どれほど喜んで自分の生き方とできるでしょうか。

正に今この時こそ、私達のビジョンを変革する時です。もし預言者に「あなたのビジョンは小さすぎる」と語られたら、多くの場合人は自分の期待している数を増やすことを考え始めます。例えば十人の救いを祈っている人は、それを百人に拡げるでしょう。もし町のために祈っているとするなら、それを国々に拡げるでしょう。しかし私達の反応がこのようなものである限り、これからも同じ間違いを繰り返すことになります。数が増えることそのものは、神の視野から見てそれがビジョンの拡大であるとは必ずしも言えません。なぜならビジョンは自分のアイデンティティーと目的を知ってこそ誕生するべきものだからです。自己像の変革を通してのみ、神にある目標を設定することができるのです。そしてそれは神の啓示から全てが出発し、私達の内に変革を生み出すものでなければなりません。

信仰が要求されない信仰姿勢を抱き続けることほど危険なことはありません。それは神のご性質と、全ての御言葉が宣言していることに反するものです。エペソ三章二十節で神は、『私達が願うところ、思うところの全てを越えて豊かに施すことができる方』とあります。その神が約束し、計画された全てのことは、今私達の知性と期待にチャレンジを与えているのです。それに対し、『(エルサレム)彼女は自分の末路を思わなかった。それで、驚くほど落ちぶれて・・・』とあるように、神の約束を忘れ去った結果はどんなに悲惨なものでしょう。私達は、神にとってふさわしい者とされているのに、自分はふさわしくないとの思いで凝り固まってしまい、また、神には「おできになる」のにそれ以上に、自分の「できない」ことに大きく捕らわれてしまっているのです。神は、恐れるギデオンを勇士と呼び、揺れ動くペテロを岩と呼んでくださったと同様に、私達をこの地におけるご自身の愛する子の一人として召し出してくださったのです。それは私達にとってどんな意味を持つのでしょうか。

「天が地に侵入するとき」ビルジョンソン著 © 2003
Destiny Image Publishers (167 Walnut Bottom Road, Shippensburg, PA, 17257 www.destinyimage.com)の許可を得て記事掲載しています。日本語版Onfire Japan出版 www.onfire.jp

2009年5月22日金曜日

リバイバルが来ます! Pt. 1:準備を整える時です!

過去のリバイバルを見てみると、私達が期待している形で、また私達の望む通りにそのリバイバルが来るとは限らないようです。

イエスが見せて下さったように、 リバイバルは地上での神の国の現れです。それは様々な形で現れます。ある過去のリバイバルでは,町全体、時には国全体の人々が救われる程、神の圧倒的な働きが吹き荒れました。また他のリバイバルでは,同じぐらいの神の力のしるしがあっても、町や地域にそれ程大きな影響は与えませんでした。

あるリバイバルは急に訪れ、同じぐらい急に消えさっていきました。ここ百年を振り返っても、一定期間、ある町や国全体にリバイバルが起こり、多くが救われましたが、現在はその場所でかつてのリバイバルの影響を目にする事は殆ど不可能な場所もあります。

しかし、ひとつ確かなことは、リバイバル−神の御国の圧倒的な現れ−は世界にも、日本にも必ず来るということです!どのようにそのリバイバルが来るか、その具体的な形と現れは私達には分かりません。

私達のできることは、来るリバイバルの中で全ての祝福を受けるために、 今、自分の心や人生を整えておく事です。私達が住んでいる国、町、コミュニティの現状とは関係なく、私達は自分の内にリバイバルを受ける事ができるのです。

そのために、過去のリバイバルや現在世界で起きているリバイバルを見て学ぶ事ができます。イエスはこう言われました。
「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。『そら、ここにある。』とか、『あそこにある。』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」 (ルカ十七・二十)。
イエスが強調されたのは、リバイバルは人の心や人生の中に、まず初めに訪れると言う点です。

この記事のシリーズを通して、今から来る、主が約束されたリバイバルのために、日本のクリスチャンを励ましたいと思います。前述の通り、その形、現れは分かりませんが、私達の人生、家族、教会、コミュニティの中からリバイバルの火を起こす事によって準備ができます。そうしていくうちに私達の人生の中で、今まで見た事の無い主の御国の現れを見る事でしょう。

神様が今度のリバイバルの中でどのように働かれるかを知るために、過去や現在のリバイバルの話を見ていきたいと思います。神様が再び御業を現して下さると信じる信仰を築くための鍵の一つは、過去の御業を思い出す事です。証しを覚えることは、将来の主の働きを「預言」として呼び起こすこととなります。
「イエスのあかしは預言の霊です。」(黙示録十九・十)


同時に、リバイバルを育て、守っていく責任が私達にあることを自覚しなければいけません。リバイバルは何気なく来るものではありません。ペンテコステの日には、屋上の間に集まっていた信者の間にリバイバルが急に訪れましたが、その前の数ヶ月間の激しい試練の時や、直前には十日間の祈りの集まりをしていました。リバイバルには準備の期間が必要です。

また、預言のことばに正しく応答しなければなりません。預言というのは自動的に成就されるとは限らず、神様が示して下さったまだ成就されていない約束を信じてそれに歩むように、教会を呼び起こす役割があります。ダニエルがエレミヤの預言によって将来のことを悟ってから、「 顔を神である主に向けて祈り、断食をし、荒布を着、灰をかぶって、願い求めた。」ことによって、この原則を示してくれています。(ダニエル九・二)

私達はみことばによって、主がその「霊を全ての人に注ぐ」という約束を知っています。(ヨエル二・二八)御国が日本に来ることを神自身が望んでおられる事も信じます。神様は、すべての日本人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられることは真理です。(第一テモテ二・四)この約束を理解すると、ダニエルと同じように、祈り、断食し、自分をへりくだることによって応答しなければなりません。

このシリーズでは、カリフォルニア州レディング市ベテル教会のビル・ジョンソン師のメッセージから引用し、彼らの証しを分かち合っていきたいと思います。ビル・ジョンソン師には、特に信者の心の中に、リバイバルの火を燃え立たせるための特別の油注ぎがあると思います。

誰の話であっても、過去や現在の主の素晴らしい御業の話を出来る限り聞いたり、読んだり、一緒に分かち合ったりして下さい。なぜなら、主がまた同じようなことをなさるからです。そしてそれは私達の日本にもそうなる約束です!

2009年3月20日金曜日

愛するものよ、私の名を呼んで欲しい、、、

「主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。」(詩篇 145:18 )

この御言葉をとても分かりやすく説明しているのを耳にした。あるアメリカのクイズ番組で、クイズの挑戦者を、番組の司会者が、会場に来ている観客の中から選出するというものがあるらしい。司会者に名前を呼ばれたその人は、次のクイズの挑戦者として、ステージの上に招かれ、その後の番組の一部始終に参加し、その様子が放送されるというのだ。

司会者が独特の口調で会場の期待感を大袈裟に膨らませ、場内の音楽も緊迫感溢れる中、選び出した会場の観客の名前を高らかに呼び上げる。その後の情景はお察しの通り。選ばれたその人は叫び声と共に飛び上がり、顔を紅潮させながら、中には涙を流してその瞬間を迎える。クイズに答えて番組に参加するのはこれから先の話しなのだが、まずここまでが、この番組の大きな見所の一つらしい。

「私の名前が、呼び上げられますように!」会場の全員がその思いで、その瞬間を待ち望む。ある者は椅子から半分身を乗り出して、ある者は息をするのも忘れて、ある者は両手を合わせて祈っている。「どうか、私の名前が呼ばれますように!!!」

天のお父さんも、私達が地上で父の御名を呼び上げる瞬間を、同じように待っておられる。神様は私達に自由意志を与えられた。本物の愛の関係を私達と結ぶために、私達が自分の意志で神を愛する選択を選べるように。御父は決して無理強いをしない。私達を創造された時、神を愛し、必ず神に従うよう私達人間をインプットする事も、神にとっては可能だったはず。でも、神は敢えて私達に、選択肢を与えられた。本物の愛の関係を、私達と結ぶために。

だからこそ、私達が望んでもいないのに、突然雷のように天から降って湧いてきて、私達の置かれた状況に介入されたり、無理矢理私達の心の中に割り行って来られたりはしない。ただ、私達が神の名を呼び求めるのを、ずーっとずっと、待っておられるのである。時に自分の手で創り上げた大切な子供達が、罪の中で自分を苦しめ、互いに痛め合っている姿を涙を流しながら、それでも、じーっと見守っておられるのである。

私達は時に、敵によってとても歪まされた「偽の神様像」を信じ込まされている。

「神様は、こんな罪ばかり犯して、清くもなく、正しくもない自分の事にはうんざりされているはず。」

「私達の祈りなんて、神は聞いて下さりはしない。」

「世の中がこんなに崩壊しているのは、神からの天罰だ。人間の犯して来た罪のせいだ。」

「毎日祈って、毎日聖書を読んで、まじめに一生懸命頑張ったら、もしかしたら神は私の祈りにも耳を傾けて下さるかもしれない。」

こんな嘘を信じてしまっているなら、そんな時こそ、天のお父さんの本当の心を知るための、新しい啓示が必要な時かもしれない。思いが新しくされる必要があるのかもしれない。

お父さんは待っておられる。天の腰掛け椅子から、半分腰を浮かして、その名が呼び上げられる瞬間を。私達が父の名を呼び求めるその時を。

「今度こそ、私の名を呼んで欲しい。今すぐそこに行って、あなたをその苦しみから救い出す事ができるのに。」

「私の御名によって求めなさい。天の倉の扉を開いて、今私がその祝福をあなたに降り注ごう。あなたの必要を遥かに越えた、余りある恵みを降り注ごう。」

「私はあなたを見捨てない。あなたを離れることはない。私の心のただ中に、あなたがいる。」

「あなたが、愛おしくてたまらない。」

2009年2月10日火曜日

「赦す事」と「癒される事」 - 大切な御国の原則

カリフォルニアのストックトン市から、ベテル教会のカンフェレンスを訪れ、その時、ヒーリングルームで素晴らしい体験をされたセラという女性の証しから紹介します。

5、6年前のことになりますが、彼女の両肩の痛みが始まりました。その時まで、バスケットボールに熱中していたセラは、あまりの痛みに医者に行き、バスケットボールをやめるか、非常に危険な手術を受けるかの選択を強いられ、結局バスケットボールをやめる選択をせざるを得なくなってしまいました。 彼女のような若い女性が煩う事は稀である症状という事ですが、その後、痛みは常に続き、彼女は何回も祈ってもらい、一時的に癒しを体験しますが、毎回同じ痛みが戻ってきていました。 最近、右の肩の痛みがひどく増し、カンフェレンスに来てから、10回も祈ってもらいましたが、毎回痛みは戻り、逆にひどくなりました。ヒーリングルームに来た際、ある女の人に祈ってもらっていた時に、その女性が彼女に「コーチを赦さないといけないと強く感じます。」と言いました。セラは、それを聞いて、ぼろぼろ泣き出しました。 実は、その痛みが始まった5、6年前、彼女のチームに新任コーチがやって来て、当時リーグ戦の2位だった彼女達のチームを最下位に陥れ、彼女を含め、チームメンバーの全員の人生が彼によって台無しにされてしまいました。結局チームを無理矢理にやめさせられたセラは、その時からコーチに対し恨みと赦さない気持ちを抱えてきていたのです。

今回、ヒーリングルームにきてそれが明らかになり、コーチを赦し、彼を祝福する祈りをした瞬間に、肩の痛みが去っていきました。考えてみると、つながりが見えて来ます。バスケットボールやめさせられて、コーチに恨みを抱いてから2週間後に、この痛みが始まったのです。

この証しは、「今週の証し」の中でも紹介しましたが、大切な御国の原則が見えています。イエスの話を見てみると、人を赦す事がどれほど大切な事かが明確に書かれています。

「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」(マタイ 6:14-15)

また、マタイ 18:23〜35 には、不思議な箇所があります。自分は主人に赦されたのに、仲間を赦さなかったしもべの話です。

その最後に、この言葉があります。

「こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」(マタイ 18:34-35)

何度も読んだ事のある箇所ですが、この「彼を獄吏に引き渡した。」の箇所はどういう意味でしょうか?おそらく、これは、赦さない事が原因で煩う病気や精神的な苦難です。もちろんこれは、永遠の裁きではありません。

「借金を全部返すまで」の箇所も、不思議です。

人を赦さない時、私達には自分の罪の「借金」が残り、「獄吏に引き渡されて」体の病気や精神不安定などによって、捕われてしまう事もあり得る、という事です。

上記のセラの話は、珍しい話ではありません。何度も、同じような証しを耳にします。私達の多くは、天のお父さんの赦しを経験しているのにも関わらず、人を赦すことで躓いてしまいます。

素晴らしい神様の愛と恵みを見ると、セラがその相手を赦した瞬間、彼女も癒されて、「獄吏」から解放されました。

愛するお父さんは、私達が一秒も早く、牢獄から解放される事を望んでおられます。

2009年1月16日金曜日

いつリーダーとなりますか?

タラントの例え話(マタイ25章14〜30節)を読んで、想像してみて下さい。

1タラントをもらった人は、10タラントをもらった人を見て、自分と比較してしまいました。彼はおそらく、こんなことを考えたでしょう。「あの人は、音楽が出来る、賛美リードも上手、人の前に出て話したり、メッセージをするのも平気。教会の奉仕をするのは当然だ。それに比べて私はどうだろう。そんな事は何もできない。やっぱり、教会に来て、受けるだけで良い。」

キリストにある皆は、全ての人が既にリーダーです。与えるべき人々です。ただ、それを認めて、リードするスキルを磨き、毎日の生活の中で、それをこなして行くかどうかが問題です。子育て中のお母さんは、毎日子供達を御国に仕える者として教えています。未信者の同僚を持つ会社員は、職場で聖霊の導きを信じて、御国の生き方を現しています。イエスの憐れみと愛を持って仕える中で、同級生を励ましている学生達もいることでしょう。

リードする役割や場面はそれぞれ違っています。またキリストにあるリードと言うもの自体が、この世のそれとは全く違っています。しかし一つ言えることは、私達キリストにある者全てに、他に与える事のできる物が、既に沢山与えられているという事です。

次に、御国の原則についてです。
マタイ 7:2 ...あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。
マルコ 4:24 ...人に量ってあげるその量りで、自分にも量り与えられ、さらにその上に増し加えられます。
ルカ 6:38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。...あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」
御国の原則によると、人は自分が与える程度によって、与えられると言う事です。しっかり準備ができて、学びも終わり、立派なリーダーになるまでは、私には何もできませんと言ってしまう事は、根本的にあり得ません!

既に与えられているものを、忠実に取り扱い、他の人に流しだす者だけが、さらに、与えられるのです。自分の成長のために、逆にどんどん踏み出さなければならないという事です。他の人を積極的にリードすることによって、霊的な祝福を沢山もらいます。逆に、準備が出来るまで待つならば、それは「神様から頂く姿勢」ではなく、神から目をそらし、自分の事、自分の才能、能力に目を留めてしまう結果になってしまいます。

私達は皆、既にある意味リーダーなのです。既に多くの人に、神の御国の影響を与えています。そしてそれを可能にするための全ての必要は、神様が備えてくださいます。

人の前に立ち、教えたりする事だけがリーダーの仕事ではありません。イエスはどのようにして、人々を導いたでしょうか?あなたが今日、遣わされたその所でできる「人々に与えていく事」を是非見つけてみてください。

2009年1月8日木曜日

天の御国は、人が地に種を蒔くようなものです。

今日は、「天の御国は、... のようなものです。」という御言葉をいくつか読みたいと思います。

「天の御国は...
  • 人が地に種を蒔くようなもので、夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。地は人手によらず実をならせるもので、初めに苗、次に穂、次に穂の中に実が入ります。実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。(マルコ 4:26-29)
  • からし種のようなものです。それを取って庭に蒔いたところ、生長して木になり、空の鳥が枝に巣を作りました。(ルカ 13:19)
  • パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。(マタイ 13:33)

「種」とは、何でしょうか?もちろん、御言葉ですが、具体的に言うと、私達の口から出る言葉、態度と行動です。
私達が、語らないと、人々は、御国の種を受けることはできません。

「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。」ローマ 10:14-15


私達は、この「御言葉の種」を出て行く所々に蒔くように、遣わされています。
これは、舞台から、説教するという意味でしょうか?群衆の前に立って、御言葉を一方的に語ることでしょうか?
違います。私達の人生の全てを通して、語る言葉、態度と行動を通して、イエスの香りを積極的に放つことです。
これは絶対押し付けるような行動ではありません。私達のしてきた伝道の中には、聞きたくない人に、福音のメッセージを無理矢理に押し付けるような行動に過ぎません。

「あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。」コロサイ 4:6
「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。」エペソ 4:29


私自身もこのところで、よく失敗したことがあります。相手の気持ちを考えずに、一方的に福音を伝えようとしたことがよくあります。
その時は、「徳を養うのに役立つことば」や「塩味のきいたもの」よりも、塩辛くて好ましくないものを相手に与えてしまいました。
私達は、意外に小さいことを通して、恵みの御言葉を蒔く事ができます。

  • 人に悩み事を打ち明けられたり、友人が困難にあっている時、ただ話を聞くだけで終わらせずに、導かれたら、「主は、あなたのことを愛しています。気にかけておられます。何か祈ることはないですか?」と聞いてみましょう。愛が伝わり、神様も彼らのことを愛しておられることが分かります。
  • 自分の生活の一部である、神との交わりの時間で得た事を、自然に分かち合ってみましょう。「今日は、主と素晴らしい賛美と祈りの時を持ちました!新しく進む道を神が示して下さった!」と人にいうと、主は個人的に関係を持たれる方、主を知ることは楽しい事だと伝わります。
  • 常に、感謝、賛美、喜びの態度を持って、そのような事を言葉で表す時、人は、神には喜び、勝利、命、希望があることが分かります。
  • 「昨日、私の言ったことは間違っていたと主に示されました。主に祈ったら、赦して下さいました。しかし、あなたにも、誤って、赦しを求めることが示されました。ごめんなさい。赦して下さいますか?」と人に言うと、主が私達に語られる事、私達を赦して下さり、私達を導いて下さることが分かります。

神様から、聞く人に恵みを与える言葉、発言などに努めましょう。イエスの生き方は、まさにこのようなものでした。

「子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。」ヨハネ 5:19
「わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。」ヨハネ 12:49

2008年12月29日月曜日

弟子訓練はいつから始まりますか?

地上にいる間、イエスが弟子たちに言われた最後の命令の一つはこれです。:

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。マタイ 28:20

今日、皆さんに新しい質問をしたいと思います:

「弟子訓練はいつから始まりますか?」

今までの考え方では、人がイエスを自分の主と告白してから、弟子訓練が始まると思って来ました。

ある人は、キリストに従いたいと思い、弟子となる決心をします。そして、聖書を読んだり、御言葉に従うことを学び始めます。
またある人は、長い間聖書を読んでからやっとイエスを信じるようになります。
またある人は、先に聖霊に満たされ、異言で祈る経験をしてから、イエスを信じて弟子となります。

しかし、イエスは御言葉の中で、私達に出て行って弟子を作る事を始めに命じています。その観点から、「弟子訓練」は、クリスチャンの人がクリスチャンでない人と出会う時から始まると言えないでしょうか。

あなたの人生は、彼らにとって、キリストに従う者としての模範となっています。救いを求めているかどうかとは関係なく、人はあなたを見て、クリスチャンは何者であるかと学んでいます。
これは私達クリスチャンが、生き方を通して神の栄光を現すことのできる絶好の機会です。しかしながら、あるクリスチャンの人生は、この世の人の人生とさほど変わりがありません。良い意味でも、悪い意味でも、人はあなたの生き方を通して、キリストに従う者、クリスチャンのイメージが決まってしまいます。

あなたの周りの人々はどうでしょうか?家族、友人、親戚、同僚、同級生など、あなたの周囲の人々はあなたを見る時、何を見ていますか?あなたは毎日出会う人を、彼らがイエスを信じる前から、ある意味弟子とする事ができるのです。

あなたが彼らに犯した間違いの故に、赦しを乞う時、キリストは赦さす方である事を証ししています。
あなたが彼らのために祈るとき、キリストが彼らを愛し、気にかけておられる事を証しすることができます。
あなたが彼らの病いのために祈る時、キリストが癒し主であり、彼らの病いを癒したいと望んでおられる事を証しすることができます。
あなたが彼らの必要に心から仕え、助けを必要とする者に手を貸す時、キリストが彼らにとっても個人的に関わりになりたいと愛を示されている事を証しすることができます。

あなたはそれらの人々と毎日会いますか?週に一回ですか?その頻繁さには関わらず、彼らと出会う度に、私達はキリストに従う者の生き方がどのようなものであるかの見本を示して行く事ができるのです。皆さんも、与えられたそれぞれの場所で、もう既にこのように生きておられると思いますが、時々こういう事を意図的に考えてみる機会になればと思い、分かち合いました。

あなたの光をこの世に照らして下さい!

以下は具体的なアイディアです。当然の事ですが、私達がこの世に踏み出して行く時、最も大切なことは聖霊様の導きを聞いて行く事です。聖霊が示される通りに、皆さんの周りの人々の中に、キリストの生き方を証しして行きましょう。

・無理強いはしないように!でもあなたの中でイエスが全てであると言うのなら、会話の中にも、あなたのイエスに対する信仰は自然に出て来るはずです。
・神が見せて下さっている啓示や、あなたに教えて下さっている事を、普段の生活の中で人々に分かち合いましょう。
・ノンクリスチャンの人であっても、あなたが彼らに対して過ちを犯したり、言うべきでない事を言ってしまったりしたら、すぐに赦しを乞いに行きましょう。神は赦される方です。
・彼らのために祈りましょう。彼らの抱えている問題や悩みのために、可能なら目の前で祈ってあげましょう。神が答えて下さることを期待して祈りましょう。
・聖霊に知識の言葉や啓示、必要な時に与えることのできる言葉を頂きましょう。そしてそれを大胆に分かち合いましょう。
・既成の「クリスチャン概念」のようなものを脱ぎ捨てましょう。シンプルにキリストを生き方を通して現しましょう。人々は「宗教」にはもう、まっぴら懲りています!

2008年12月17日水曜日

すべて、疲れた人よ!

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」
マタイ 11:28-30 
・イエスの所に行きます。
宗教ではなく、本にではなく、毎日の習慣ではなく、私達は、イエス、この「もと」に行きます。

・イエスから休息を受けます。
イエスの所には、休息があります。イエスと一緒にいると、たましいが楽になります。安らぎが来ます。
もし、祈ったり、聖書を読んだりすることによって、逆に疲れてしまうなら、おそらく、私達は自分の力で、頑張っています。本当にイエスの所に行ったものには、いのち、また安らぎが与えられるからです。

・イエスのくびきは、負いやすい。イエスの重荷は、軽いです。
ここでも、毎日の生活の中で、皆さんの心に、休む余裕がなければ、イエスのくびきではなく、自分のくびき、他の人からのくびき、社会からのくびき、または、宗教のくびきを背負っているのかもしれません。
イエスのくびきは、イエスからの恵みなので、軽いです。もちろん、恵みがなければ、背負うこともできません。

・イエスから学ぶ事
その軽い重荷の一つは、イエスから学ぶことです。つづけて、イエスからの啓示が必要です。
ローマ12に書いてあるように、私達は、常に、心の一新によって自分を変えていかなければなりません。

ここに書いてあるように、聖書からではなく、「イエスから学ぶ」ことによって休むことができます。もちろん、イエスから、聖書を通して、学ぶことはできますが、パリサイ人のように、聖書を一生懸命勉強しても、イエスのもとに行かなければ、休みは頂けません。

どうやって、イエスから学ぶでしょうか?
初めは、御霊に聞きながら、聖書を読むこと − 聖書を勉強するだけでは、頭の知識に過ぎません。しかし、御霊がその御言葉を通して語って下さったら、それが命となります。このために、聖書をよみながら、また、読んだあと、心を静めて、神の声に耳を傾けることが大切です。
また、それだけではなく、学んだことを実行しなければなりません。従うこと − 今日、教えられたことに従わなければ、明日、新しい啓示は来ません。

「イエスからの学び方」
一つの簡単な、「イエスからの学び方」を分かち合います。
ノートを使って、3段に分けます。

1. 御言葉を書き写してください。(普通は、2〜5節で十分。もっと長い箇所を読んでもいいですが、一番心に残った2〜5節を書いて下さい。)
2. 読んだ箇所の解釈やキーポイントを書いて下さい。
3. 従うための決断、または、新しい啓示を書いてください。
4. 学んだことを実際に実行してください。
5. 誰かに、学んだことを分かち合って下さい。

この同じやり方をぜひ家族や小グループでやってみて下さい。

だれでも、聖書を勉強することはできますが、御霊が一緒にいなければ、主の御声に従うことはできません。ですので、4〜5番を実行することは、1〜3番と同じ位大切です。

主イエスのもとにいて、主から学んで、その豊かな命を頂いて、この傷ついた世界に分かち合いましょう!

2008年12月10日水曜日

「どんなに 小さなことでも」

「何か、お祈りできる事ありますか?あなたの人生の中に神様の助けが欲しいと思う事ありますか?」と預言カフェでの預言の後に聞いてみる事があります。

沢山の人に今まで聞いてみたのですが、多分ほんの一握りの人だけが「大丈夫です」といわれます。
ほとんどの人が「家族の問題」、「経済」、「仕事」、「人間関係」、「健康」などに不安があり、その事を話してくれます。
私にとって「困っている事を話して、祈ってもらう事は当たり前」ですけど、これは、実は特権だという事に気がつきました。
イエス様を知らない時や正直な関係ができていない時には、自分だけでがんばっていますが、それは大変です。

「心が軽くなりました」「すっきりしました」といって 励まされて帰っていかれます。

祈らせてもらって、その解決があり、教会の礼拝に繋がる人もいます。
その場で、体の癒し(股間接の痛みが癒された)があり、会計した後に、戻ってきて癒しの報告をされた人もいます。
「私の目には あなたは 高価で 尊い」
ので、どんな事でも、神様のめには、小さい事はないのです。
人の話を聞くことや、そのために祈る事は、今時代、「愛が冷たい」時代で、大きな働きだと感じます。


相馬 伸子

2008年12月2日火曜日

世界の人が直面する問題の全ての解決

この世界の人が直面する問題の全ての解決は、あなたにあることをご存知ですか?
体の病気であっても、罪の問題であっても、こころの束縛であっても、人間関係、または経済的な問題であっても、聖霊にあって、その解決はあなたのうちにあります。
あなたは、この病んでいる世界に、神の救い、癒し、解放、和解をもたらす器として選ばれました。

神はこの方、イエスに聖霊と力を注がれました。このイエスは、神がともにおられたので、巡り歩いて良いわざをなし、また悪魔に制せられているすべての者をいやされました。使徒の働き 10:38

イエスの所に来て、癒しや解放を求めた人は、皆その癒しや解放を手に入れました。イエスは、一人も、断りませんでした。

そして、イエスと同じ様な働きをするように、私達を任命されました。
病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。マタイ 10:8 

わたしたちは、癒されて、解放されて、救われました。だからこそ、今度は私達が出ていって、救い、癒しと解放を周りの人々へ、流し出していくのです。

今週のチャレンジです!
周りの人々、家族の人、会社のひと、学校のひと、近所の人:その人に超自然的に仕える道を探して下さい。
主から、そのチャンスが与えられるように、祈って下さい。
今のクリスマスシーズン、多くのノンクリスチャンは、教会のイベントにきます。
その時、御霊の賜物をとおして仕える機会を探して下さい。
つまり病気のための癒しを祈る事、または預言的に励ましの言葉をかけることかもしれません。経済的な問題のために、奇跡を求める事かもしれませんい。
私達の福音は、こどばだけではなく、力だからです。

具体的なポイントですが、できるだけ自然に、その場で、その人のために祈ってあげてください。
そして、神様のすばらしい解決があたえられることを期待してください。

何よりも、わたしたちは、神の素晴らしい愛を、その人に表わしていきましょう。

最後に、一つの証しを分かち合います。
夏の間に、大阪のあるモスバーガーの店長さんの奥さんが、私の友達の教会の英会話のクラスにきました。
その奥さんは、今の不景気と、店の売上のことで悩んでいることを英会話の先生に分かち合いました。
その先生は、その場で、彼女のために祈りました。そして、次の日から、店の売上が突然良くなりました。
そのことによって、奥さんは、教会の小グループに来て、御言葉のメッセージを聞き、救われました。
一週間後、また、娘さんも救われました。

この英語の先生は、御霊にあって、自分の中には、人の問題のための解決があると信じたことから一歩踏み出した時に、全てが始まりました。

皆さんも、主にある大胆さを持って、素晴らしいことを期待して、踏み出してみて下さい。
また、onfire japan に、その証しを教えて下さい。

ジェフ

2008年11月25日火曜日

20年間の腰の痛みが癒された

先週日曜日の証しです。

近所の教会での小グループの集まりで話をしてきました。

真の武士道について触れながら、私達は天の御国の「王」として、それぞれの人生の中で、神の「王国」を広げる事ができると話しました。

私達はみな、友達、親戚、隣人、同僚などの間に、神の王国、天の御国を広げる特権が与えられています。

それは、具体的にはどういう意味でしょうか?

イエスを見ると、その答えが分かります。バプテスマのヨハネの弟子たちに言われたことを覚えていますか?

「あなたがたは行って、自分たちの見たり聞いたりしたことをヨハネに報告しなさい。目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツァラアトに冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人が生き返り、貧しい者たちに福音が宣べ伝えられている。ルカ 7:22

これは、天の御国の地上での現れです。私達がこの地でなしていくよう、任されている業です。

話を分かち合った後、グループの一人が、実際にはどうやって人のために祈れば良いのかと、質問しました。私が簡単に説明しました。もちろん、御霊の導きによって祈りますが、原則は:
  • 出来るだけ、自然に祈る。宗教的な言葉などを避ける。
  • 祈る許可を頂く:「今、あなたのために祈っても良いですか?」
  • 相手が受け入れるなら、痛い部位、病気の箇所に手を置く(許可を得てから)
  • 目を開けたまま、短く祈る。イエスのように、簡単な命令がいいです。(例:痛みよ、出て行け!(痛んだ箇所に向かって)元に戻りなさい。完全な状態に戻りなさい。)
  • 祈った後、何か変わった事がないか試してもらう。痛みのあった所を動かしたり、今まではできなかった事をやってもらい、癒されたかどうかを確認してもらう。
  • 部分的に、またはある程度癒されたようなら、感謝し、完全に癒しを受け取るまで続けて祈っても良いです。
このような事を説明しながら、質問をした男性のために、祈るふりをして説明したところ、なんと彼自身が、実は腰痛を抱えており、20年間悩まされて来たその痛みから癒されました!

主は、素晴らしい!

主の恵みがこれらの奇跡を可能にします。私達はただその恵みの器となれば良いのです。

どうぞ、みなさん、痛みを煩って苦しんでいる、また、病に倒れている人々へ、神の御国を届けて下さい。

皆さんの癒しの証しも、是非聞かせて下さい!

健康食品




"You Are What You Eat" は英語のことわざですが、「私達は自分の食べた物のようになる」と言う意味です。普通は肉体的なの健康について言いますが、私達の霊的な状態に も言えると思います。ジャンクフードばかりを食べていると健康を損ねてしまうように、「霊的なジャンクフード」を食べ続けると、霊的な健康を壊してしまい ます。それでは、霊的な健康食品とはどのようなものでしょうか。私達の霊を支える霊的な食物は何でしょうか?もちろん聖書の御言葉がその一つです。そして その中でも特に素晴らしい健康食品と言えるものが、御言葉にある主の約束です。
毎日のように、主の約束の御言葉に目を留めたり、思いを巡らせたり、歌い、宣言し、祈ったりすると、自分の霊を強めて行きます。
二つ目の健康食品は、神の御業に関する話しや証しです。神様がその御力によって地を侵入した話しを聞くと、主がもう一度同じことをして下さるという信仰が 与えられます。
も う一つの健康食品は、主の御心を行う事です。イエスご自身もこのように言われました。「私の食物は父の御心を果たすことです。」私達が神様の御心を果た し、福音を伝え、病気の人を癒し、捕われた人を解放し、私達を通して天がこの地に侵入する時、それが私達の霊を満腹にさせる食物になります。
Onfire Japanの目的は、霊的な健康食品を提供する事です。ここにあるメッセージ、証しなどを聞くと神様があなたを通しても働かれ、御国をもたらすのだという 信仰が生じる事でしょう。

イエスに従うって難しいことではなく、無理です!

まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。
またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。
ヨハネ14:12-13

イエスの命令について真面目に考えた事はある?イエスがこういうことおっしゃってます。:「福音を伝えなさい」、「貧しい人を養いなさい。」それは可能だね。
でも、「敵を愛しなさい。」、「全ての人を、どんなことでも許しなさい。」ウーン、、、この辺になるともうちょっと難しいね。神様の助けがなければ無理かもね。
じゃあ、これはどうですか?「病人を癒して、死んだ人をよみがえらせ、ライ病の人を清めて、悪霊を追い出しなさい。」このような命令はいったいどうやってできるんだろう?サッパリ無理な話しだね。

もちろん、自分の力でこれらの命令の全てに従っていくのは到底無理な話し。でも、天のお父さんが送って下さった御霊によって、私達はみんなこの命令に従うよう整えられ、実際に行っていく事が可能なんだ!

イエスは私達にとっても簡単な生き方を見せて下さった。
1.  イエスは神様の人間に対しての御心の本質を悟っておられたんだ。天のお父さんが全ての人を許し、救い、癒し、聖め、自由にして下さることを全く疑わずに信じていた。イエスはこの事で迷ったりしなかったんだね。だから、病気の人や束縛にある人、また罪人を見た時に、神様がその人を癒し、救いたいんだって事を信じて疑わなかった。
2.  それからイエスは天のお父さんから目を離さずに、父がなさることを見てそれをしたんだ。言い換えればイエスはいつも天のお父さんと絶えることの無い関係を結んでいたので、次に何をすれば良いか、また何を語れば良いかは、お父さんが啓示を通していつもイエスに教えて下さっていたんだ。

地上におけるキリストの大使として、私達もイエスと同じように生き、同じ事をしていく特権が与えられている。そればかりかイエスご自身よりも偉大な業を私達がやっていくと言われ、そのために聖霊様を送って下さると約束してくれたんだ。

神様に完全に委ねたシンプルな生き方、今神様はそんなライフスタイルを歩む世代を立ち上げて下さっている。彼らを通して神の霊がこの壊れかけた世界に触れていくんだ。世界の各地から寄せられている何千もの証しは、ただ普通の人達が神の素晴らしい臨在と力に満たされて、病人を癒し、盲人の目を開き、死人まで甦らせている... そうして町が、また地域が、そして国々が変革されてきているんだ。

君もキリストに従う者なら、信じる者なら、クリスチャン(小さなキリストという意味)なら、そして聖霊に満たされているなら、これらの事を、いやもっと素晴らしいことをやっていく備えはもうなされている!

神の子よ、今立ち上がろう!君を通して聖霊様が働き、君の学校で、職場で、また友達やクラブ仲間、家族の中に、御国を来させよう。

病人を直し、死人を生き返らせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
マタイ10:8

私達の人生を通して、神様にそのように働いて頂くためには、私達が悔い改め(思いを変えて頂く)、神の目からものを見ていく事が重要です。そのために、私達はイエスと神の約束に目をとめ、私達のようなごく普通の信じる者を通して神が不可能の中に侵入され御国をもたらされた証しを聞いていくべきです。

 そして、その町の病人を直し、彼らに、『神の国が、あなたがたに近づいた。と言いなさい。
ルカ10:9

Onfire Japan の働きは、あなたの目をイエスにとどめておくため、また神が君の人生に持っておられる計画のうちに立ち上がるための助けとなります。 Onfire Japanはダウンロード可能なMP3ファイルやビデオ、証しのビデオ、書籍などをオンラインでお届けする、皆さんのためのサイトです。私達の思いは、全ての信じる者が神の火によって燃やされ、それぞれ置かれている場所で神の御国をもたらすのを見ていく事です。

是非ホームページをチェックして、メッセージなどをダウンロードしてみて下さい。神様に対して、また神の御国に対して飢え渇きを覚える人達のために様々なイベントやキャンプも開催しています。また必要なら出向いていって、あらゆる所でリバイバルの種まきの働きをしています。皆さんの教会や集まりでも、ミニストリーの機会があれば是非連絡してきて下さい。出向いて行きますよ!

私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。
ローマ8:32
何よりも皆さんに信仰の一歩を歩み出してもらいたい!天の父がされていることを見て、それをやってみて下さい。それは病気の方のために手を置いて祈る事かもしれません。落ち込んでいる人に励ましの言葉(預言)をかけてあげる事かもしれません。もしかしたら、束縛されている人に、簡単な罪の赦しの祈りを導いてあげる事かも知れません。

神様は経験豊富で有能な、賜物のある人を探しておられるのではありません。ただ「私がここにいます!用いて下さい!!」という心を探しておられるのです。

2008年3月6日木曜日

ミクシィのオンファイヤー!

ミクシィを使っていますか?オンファイヤージャパンはいくつかのミクシィのコミュニティがあります。
一つは、「王家の者として生きる」の読者のコメント、リンクはここです: http://mixi.jp/view_community.pl?id=3084574
また、「天が地に侵入するとき」の読者のコミュニティはここです: http://mixi.jp/view_community.pl?id=3118607
ミクシィの事を分からない人のために、ここをご覧下さい。 http://ja.wikipedia.org/wiki/Mixi
念のため、ミクシィのメンバーになるためには、紹介が必要です。もし、紹介が必要ならば、オンファイヤージャパンのHPを通してご連絡下さい。
 

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